心は晴れやかに♫

上行結腸癌が発覚し只今化学療法と闘い中。めげそうになる中、生と死を考えてしまう日々。

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術後説明と退院 

2006年2月の出来事です
いよいよ運命の「術後の結果報告」
「どうしますか?本人にどこまでお話ししましょうか?」で始まった説明
びびりの私は・・・・
「振り返っての事は聞きたくないし怖いことも聞きたくない。これからのことだけでいいです」まぁ~言葉なんで正確に覚えているわけではないのでこんな感じのことを話したと思う・・・
たぶん・・・・
「見える所はすべてきれいに取れました転移も見られませんただ、予防のために抗がん剤を始めます」
で、部屋から出されました後から旦那にあれこれ聞いた記憶があるけど
旦那は特に何も聞いてない。と俗にいう「怖いもの見たさ」というか・・・
後からしつこく聞くのならすべてキチンと聞けばいいのもをそれが聞けないだなぁ~
いろんな方のブログを拝見すると私は旦那に酷なことをしたなぁ~と、
反省というか甘えてましたね

今の主治医は前の主治医から
「怖い事は聞きたくない」という引き継ぎを受け、
どうしたものかと考えたとついこの前話してました
でも今はすべて話していると。隠し事は何もないって

そして
2月最終日に無事退院しました

2月2日~2月28日

基本診療47826保険適用料金429590
投薬料195電気電話料金30
注射料12968室料差額6500
処置料1772食事負担金5460

手術麻酔料

49626  
検査料12437  
画像診断料14171  
理学療法料4200請求合計441580

一応記録で書いてみましたこれって普通の金額?とりあえず本人はとても元気に退院したのでした

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術後から退院まで? 

2006年2月の出来事です

観察室から一人部屋に移ってからは
もう、元気いっぱいだったような・・・
いろんなものにつながれながら部屋の中を動いていたような?
一人部屋に移ってすぐに
「自力でトイレまで行くことできる?」
という看護婦さんの言葉にいろんなものにつながれているので面倒だなぁ~と勝手な思いで
お部屋に「簡易トイレ」を置いてもらうことに
そころが
その「簡易トイレ」が臭くて~~~
「鼻が曲がる」とはこのことだ!
仕方なく早々に自力トイレへ行くことになりました
何のための「簡易トイレ」じゃぁ~~~

確か自分でトイレに行っていたはずなのに
歩行のリハビリがあって、先生が・・・
「はい。ゆっくり歩いてね~~」
ところが私はす~~いすい
2日ぐらいでOKがでちゃいましたヾ(@^▽^@)ノ

その後たぶん大変な手術をしたはずなのに元気一杯の楽しい?入院生活してました

術後の経過も順調すぎるぐらい順調でして

同じ時期に手術をされた方々が
「本当に手術したの?」
と疑問の目で見ていた!という話を聞きました

気胸を起こした「カテーテル」撤去も痛いのかなぁ~
と、力が入る前にす~~~っと抜かれ
あれ?
ってな感じてして(≧ω≦)b

腸は縫ってくっついちゃうと割と早くから食事はとれるようになって
そりゃ、全粥から順番ですが
早いですね。普通食になるまでが
胃の方は大変みたいです

そして、いよいよ術後の説明になるのでした
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手術ビフォーアフター? 

一回で書こうと思いつつ長くなってしまったので昨日の続きです
どうも、書いてるといろんなこと思いだしたり
その時の感情が湧いてきて。。。。(;^_^ A フキフキ

では、手術当日です
大事なことを書かないと・・・・
前日に大事なところの「毛」を看護婦さんに剃っていただきました
入院してから「恥じらい」なんて言葉は存在しなくなってます
そして当日朝からバタバタ?
そうそう・・・「弾圧ストッキング」
とってもきつくて履くのに四苦八苦
その時思った
「これってはいてると足細くなる?」って
看護婦さんは「たぶん・・・」って言ったと思う
「エコノミー症候群対策にはいいのよ」って付け加えた
な~~るほど~~~
大切に持ち帰りました。やはりのんきです

その後、手術着に着替えて手術室へ

どんなふうになっているのかなぁ~
と、周りをキョロキョロ
だってね。滅多にこんなチャンスはないですよ。
TVで見るのとおなじかなぁ~?と興味津津
でも、とっても寒かった!ということしか覚えてないなぁ~

背中に痛み止めの注射を入れるんですね。今は・・・
それが入らなかった
2~3回挑戦したけど無理で
「なくても大丈夫ですからね」
って、その時言われても何がなんだか?

その後私は記憶が遠のき気がついたら詰所の隣の部屋

そこには旦那の姿が・・・あったはず?

とにかくだるくてだるくて・・・・体中が特に足が
足もとに何やら動くものがあってぐるぐる動いていたはずなんだけど
たぶん「エコノミック症候群」防止なんでしょうね

痛いわだるいわ

旦那の顔見るだけでイライラ
「もう帰っていいよ」と八つ当たり
体のあちらこちらにいろんな「くだ」がついてて身動きとるのも大変
一人じゃ何もできない。それでもベットの上でごそごそ動いてました。
その時、
ベットのリクライニングの上げ下げ要員にいてもらった方がいいことに気が付き
旦那を呼び戻してもらいました
ほんと。わがままでした

そして・・・気になったのは隣の「詰所」
いろんな話声が聞こえる中の
笑い声
これには参った
だって、私しんどいんですけど・・・・イライラ倍増

術後旦那は主治医から手術の様子を聞いたとおもうのだけど
それについては何も聞いてません

多分、へなちゃこな性格がわかっていたからだと今はそう思います
だから、回復も早かったような気がします
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手術ビフォーアフター 

2006年 2月17日運命に日がついにやってきました

その前に・・・・
15日に内科から外科病棟に移動
部屋は4人部屋。公立病院なので4人部屋だと差額ベット代が必要ないのだけど・・・
2人部屋だと500円。2人部屋がよかったけど・・・空きが・・・

よほど「貧血」が激しかったのか
また「輸血」です
これだけ「貧血」があるのになぜ仕事場の「健康診断」で発見できなかったのでしょうか?
って。。。私が無視したのかなぁ~
そして、今後「血液が必要」と泣きつかれても提供できなくなりました
まぁ~病気の血液はいらないでしょうけど・・・

そして
手術の説明
ふ~~~んって感じてあまり聞いてませんでした
というか・・・・
直視できない自分がそこにいたんでしょうね
たぶん、本人以外の人の方がしっかり聞いていられると思うの
数年前旦那の父が肺がんだった時
私はあれも、これもって実家族以上にいろいろ聞いたものだわ
誰かに何を聞かれても大丈夫なように
そして、不安になった実家族の不安を取り除くように
今思うと
やはり「嫁」って他人だからかなぁ~ってね
冷静だったんだよね

でも、自分のこととなるとダメ
たぶん、実家の親兄弟も同じだろうと思い内緒にしたのだけど
やはり、血のつながりって恐ろしい

いろんな方のブログ拝見してると
自分の病のことを冷静に受け止めて
状態も正確に書いていらっしゃるけど
すごいなぁ~と思うの
先生から頂いた記録を改めて見て「へぇ~~」なのよね
「まな板の上のコイ」で
もう、なんでもしっちゃってちょうだい!
自分のことなのに「他人事」
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事実をどこまで話すか 

入院したことは、職場、友人には内緒にはできなかったが
実家には話せなかった

でも、手術となると
何かあってからでは遅いので
とりあえず
実兄にだけは事実を話した
もちろん実父母には内緒ということで。。。

同居家族は義母(旦那の母)息子2人
当時、息子は上が修士2年生。就職は決まっていた
二男は短期留学でアメリカにいた。
二男には入院のことも話してはいなかった
義母には事実を話したのだろうか?
そして
近所に住む旦那の姉夫婦。これから迷惑をかけるだろうと事実を話した

友人知人職場には「ポリープが大きくてね~」
なんてことでごまかしていた

知られる事事態がつらかった
同情もいらなかった
かわいそうがられても困る
気を使われても困る
興味本位でみられるのではないかと疑心暗鬼

そんな中
義理姉の友人(彼女は乳がんです)がお見舞いに来てくれた
病名は違うが同じ立場
気持ちがわかってくれて本当にうれしかった
それから今ままで彼女にはいろいろ助けられています
あと一人
いつも遊んでる友人には話した
彼女は同情ではなく
こちらの都合を本当に気遣ってくれました。

その当時は本当に一部だけが知っているだけで過ごしてました
その当時の私の希望だったのです
それを尊重してくれた皆には感謝です
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内科での検査結果 

2006年2月14日のことです
運命の日がついにやってきました
本人としては、わかっていたものの
ズバリ!
は、やはりきつかった・・・・

「上行結腸に腫瘤を認める「上行結腸癌」
明らかな遠隔転移は認められない
だたしかなり進んだ状態であり進行性の部類に入る
一部腹水に癌がある可能性があります
手術にて最終的なStageが決まります」

旦那と2人で聞いたのですが
2人ともその時はすご~~く冷静で・・・
それって
お互いどう会話していいのかわからなかったからでしょうね
無言だったような・・・・

その時病室は私一人
たまたまもう一つのベットの方が退院しまして・・・
それはそれで非常に助かった

普段人前で涙を見せるなんてことは自分で許せないほうなのですが
その時は
自然に涙がこぼれました
わかっていたとはいえ
一人になると冷静にはなれません

担当の看護婦さんが様子を見にいらして
「泣いてもいいよ」
と。。。。

ドラマで流れるそんな状態ではないですね
人前で泣き、気持ちの糸が切れる

でも、実際は
無言です。お互いにお互いを気遣って
言葉なんで出ないです
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腸閉塞と絶食 

入院してすぐに絶食になったことは以前書きましたが
なぜか
それは、がんがあまりにも大きくなりすぎてた
ってことなのです。

絶食は私にとってそれほど辛いことではなかったのです
なんでかなぁ~?
たぶん2人部屋だったこともあるのかな?
それほど長い日数でもなかったこともあると思うけど

暇でその時流行ってた「大人の塗り絵」をして時間をつぶしてました

お見舞いに来てくれた親戚の叔母(元看護婦)が
「絶食になるとTVとか本の食べ物の絵が気にならない?」
って心配してくれましたが
「食べることができたらこれもあれもって楽しみだわ」
って、いつまでたってものんきな癌患者でした
すると
「絶食が長くなると無意識に本の食べ物をつまんで口に運ぶ人がいるのよ」
と・・・・
人間、やはり口からものを入れることって大切なことなんだ。と

いろんな病気で人間の本能である
「口から食べる」
事ができない方って本当に辛いんだと・・・・

私はまだ「手術」という手が残っているだけまだまし?
って思いました。
その時は。。。。
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Author:ran
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只今6.3Kgのrandy

上行結腸癌発見時?b只今?
その事実をこのブログを書き始めて
初めて確認し
自分の病気に直視できないでいた
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